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太平洋戦争末期、日米両軍が激闘を繰り広げ、双方に多くの戦死者を出した硫黄島。
その悲惨な戦いはイーストウッドの映画などでも知られています。
戦後はアメリカ軍が占領を続け、日本に返還された後も、自衛隊が基地を置き、関係者以外の立ち入りは禁止されています。
この島が、激戦地となる前は、千人ほどの人々が暮らす平和な土地だったことは、案外知られていません。

滝口悠生の新作小説『水平線』では、戦争の激化によって全島疎開が行われる前の硫黄島が描かれます。
そこには人々の暮らしがあり、語らいがあり、恋がありました。
著者のルーツもまた硫黄島にあります。祖父母の世代がこの島の出身で、その歴史を調べる中でこの小説を構想しました。

『水平線』では、硫黄島に生きていた人々と、その子孫であり2020年に生きる兄妹の間に言葉が行き交います。
普通では考えられない設定ですが、時間の流れに対するオリジナルな描写とリアリティの積み重ねで、いつしか自然に作品世界に入り込んでしまうでしょう。
歴史という太陽が頭上に輝く海で、人生という波にたゆたいながら堪能する物語の愉楽。
この夏一番おすすめの小説です。


『水平線』
滝口悠生著
7月27日発売
四六版ハードカバー 512頁
2750円(税込)
ISBN 978-4-10-335314-0

 

あらすじ

 

あの人と私は、海の彼方でつながってルルル

2020年夏、38歳の横多平は、竹芝桟橋から小笠原へ向かう船に乗っている。
硫黄島にかつて暮らしていた祖母の妹と名乗る人物から届いたメールがきっかけだった。

「おーい、横多くん。おーーい、横多くーーん」

硫黄島では戦争が激しくなった1944年、全島疎開の命令が出された。
横多の祖父母も本土に渡り、伊豆でその生涯を終えた。
祖母の妹・皆子も共に本土に移り住んだが、数十年前に蒸発して以来行方不明。
だが、横多へのメールでは、今は小笠原にいるという。ライターの仕事を休職し、横多は父島に向かった。

「私は、あなたと、会えることを楽しみにしている」

一方、パン屋で働く横多の妹・来未(くるみ)の元には、同じ頃、祖父の弟・忍と同じ名前の人物から電話がかってくるようになった。

「ああもしもし、くるめちゃん?」

忍は全島疎開の後も軍属として島に残り、その後戦死したと伝えられている。
来未は過去に一度、墓参のため硫黄島を自衛隊機で訪れたことがあった。

「くるめちゃんの焼いたパン、食べてみたいなあ」

十代の頃に両親が離婚したことで、平と来未は別々の親に引き取られたが、たまに連絡を取り合っている。
パンデミックとオリンピックに翻弄された2020年にどちらも生きていながら、微妙に異なる世界にいる二人。
彼らの人生は、過去からの言葉に触れることでまた枝分かれしていく――。

 

著者紹介

滝口悠生(たきぐち・ゆうしょう)
一九八二年、東京都八丈島生まれ。埼玉県で育つ。二〇一一年、「楽器」で第四十三回新潮新人賞を受賞し、デビュー。
二〇一五年、『愛と人生』で第三十七回野間文芸新人賞を受賞。
二〇一六年、「死んでいない者」で第百五十四回芥川龍之介賞を受賞。他の著作に『寝相』『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』『茄子の輝き』『高架線』『やがて忘れる過程の途中(アイオワ日記)』『長い一日』『往復書簡 ひとりになること 花をおくるよ』(植本一子氏との共著)など。

 

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